
ーーー無意識ってなんなん?ーーーー
「先生、上の前歯が折れちゃいました(泣) 息子の披露宴が2日後にあるんです!」
そう言って診察室に来る患者さんが、いるんです。
試験の前夜。結納式の2日前。大事なプレゼンの朝。法事の直前。歯科が長期休みに入るお盆年末前。
なんで、よりによって今?——という話が、28年の診療の中で何度あったことか。最初は偶然だと思っていました。でも、多すぎる。
歯が折れるだけではありません。 入れ歯が真っ二つに折れる、抜けそうだった歯がいよいまとめて抜ける、、、、、、、、
## なぜ、よりによってこの時期なのか
「なんででしょう?先生。前も同じようなことありましたよね私。」
そう聞かれると最近の私の答えは——これです。
「〇〇さん、それは無意識のなせるワザですよ。」
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脳の情報処理の大部分は、無意識が担っています。
頭では「大丈夫、準備はできてる」と思っていても、無意識のどこかが「プレッシャーだ」と感じていたら、体はもう緊張モードに入っている。自分では気づかないうちに。
脳には「危険を察知したら、瞬時に体を動かす」部分があって、「意識」よりも早く、自動的に反応します。「頭でわかっていても、体が反応してしまう」のは、このためです。
真面目な方ほど、無意識の緊張が強くなりやすい。「ちゃんとしなきゃ」「失敗できない」という思いが、体をずっと緊張状態に保ち続ける。
その緊張が出る場所は、人によって違います。お腹の人もいれば、頭の人もいる。歯に来る人もいま
す。
## 知らないうちに、食いしばっている
ストレスや不安が続くと、無意識に食いしばりが増えます。特に夜、眠っているあいだに。
「歯ぎしりなんてしてませんよ」という方でも、何週間もかけてじわじわと歯にダメージが蓄積していることがある。そして大事なイベントが近づくころには、食いしばりがピークを迎えている。神経を取ってすでにもろくなっていた歯が、その限界を超えたとき——折れる。
**歯が折れたのは偶然じゃなくて、ずっとがんばってきた体が、ぎりぎりまで耐えた結果。**
「なんでこの時期に」は、何週間もかけて進行してきた話のラストシーンなんです。
## 逆のことも、起きます
もうひとつ。不思議な現象があります。
「もうだめだ、この歯は抜くしかない」と思っていたのに、抜歯当日に診てみると——炎症が落ち着いていることがある。なぜか。
「今日、終わる」という安心感が、脳に信号を送るからだと考えられています。ずっと張り詰めていた体が「もう戦わなくていい」と緩む。すると、脳が天然の鎮痛成分(エンドルフィン)を出す。免疫も少しだけ戻ってくる。
炎症が落ち着く。痛みが引く。
歯の形が変わるわけじゃありません。でも、炎症を落ち着かせ、痛みを和らげる——体が本来持っているその力が、少し戻ってくることは、ある。理化学研究所も2025年に、「期待感が痛みを和らげる仕組み」を客観的に解明しています。「気のせい」じゃなかった。
## 受験前の風邪、旅行初日の体調不良
これ、歯だけじゃないですよね。
試験直前に風邪をひく。結婚式前に蕁麻疹が出る。大事なプレゼン当日に声が出なくなる。「旅行初日だけ、なぜか体調を崩す」——緊張が解けた瞬間に、溜め込んでいたものが出てくる。
よりによって、このタイミングで。
それは体が正直な証拠です。心の緊張は、体のどこかに必ず出てくる。歯に来る人もいれば、お腹に来る人もいる。どんな形であれ、体はちゃんと「もう限界に近い」と教えようとしている。
## 気になったら、
「歯が折れた」「なんかおかしい気がする」——そう思ったとき、ちょっと気にかけてみてほしい。
治療の前に、少し話を聞かせてください。「最近、大変なことがありましたか?」と。
あなたの体は、ちゃんとあなたに教えようとしているんです。
**参考文献**
1. 脳科学辞典「無意識」https://bsd.neuroinf.jp/wiki/%E7%84%A1%E6%84%8F%E8%AD%98
2. 脳科学辞典「扁桃体」https://bsd.neuroinf.jp/wiki/%E6%89%81%E6%A1%83%E4%BD%93
3. 厚生労働省こころの耳「No.4 ストレスと歯・口腔の健康」https://kokoro.mhlw.go.jp/mental-health-pro-topics/mh-pro-topics004/
4. 東京医科歯科大学「歯科心身症の診断と治療」https://www.tmd.ac.jp/grad/ompm/2007_3.pdf
5. 理化学研究所「期待感が痛みを和らげる謎を明らかに」(2025年1月)https://www.riken.jp/press/2025/20250129_1/index.html
6. 厚生労働省eJIM「プラセボ効果」https://www.ejim.mhlw.go.jp/public/overseas/c01/23.html
7. 精神神経免疫学 Wikipedia https://ja.wikipedia.org/wiki/%E7%B2%BE%E7%A5%9E%E7%A5%9E%E7%B5%8C%E5%85%8D%E7%96%AB%E5%AD%A6
8. 日本アスレティックトレーニング学会誌「スポーツ傷害と心理」https://www.jstage.jst.go.jp/article/jsatj/6/2/6_153/_pdf