歯を磨いたとき、ふと気づいたことはありませんか。
うがいのときに、ほんの少し赤みがある。歯ブラシに、うっすら血がついている。
「まあ、いつものことか」——そう思って、そのまま洗い流していませんか。
実は、歯周病が進行すると、その出血した歯肉のすき間から口の中の菌が血液の中に入り込んでいます。そして菌は血流に乗って、心臓へ、脳へ、全身へと運ばれることがあるのです。
「歯のことなのに、なぜ心臓や脳が関係するの?」
そう思うのはごく自然なことです。でも、歯周病という病気を正しく知ると、「口の健康を守ることが、全身の健康を守ること」だとわかってきます。
4月4日は「歯周病予防デー」。今日はこの機会に、歯周病菌の正体を一緒に見ていきましょう。
歯周病菌って、ひとつじゃないんです
「歯周病の菌」というと、なんとなく一種類のものをイメージしてしまいがちです。でも実際には、口の中には数百種類もの菌が住んでいて、その中の特定のグループが「チームを組んで」歯周病を引き起こします。
中でも特に危険なのが、「レッドコンプレックス」と呼ばれる3種の菌のグループです。
歯周病菌の”主犯格”、ジンジバーリス菌
レッドコンプレックスの中でも特に研究が進んでいるのが、Porphyromonas gingivalis(ジンジバリス菌)です。
この菌、なかなかの「悪者」。
- 酸素が苦手な嫌気性菌で、歯と歯ぐきの深いすき間(歯周ポケット)にひっそりと棲みついています。
- 「ジンジパイン」というタンパク質を溶かす酵素を作り出し、歯を支える骨を少しずつ溶かしていきます。
- 仲間の菌を集めて「バイオフィルム(歯垢)」という砦を作り、薬が効きにくい状態を作ります。
- 心臓病・糖尿病・認知症との関連を示す研究が最も多い菌でもあります。
レッドコンプレックスの残り2種(T.f菌・T.d菌)も同様に、組織を溶かす酵素や免疫を弱める物質を分泌します。
「下準備」をする菌たちもいる
さらに厄介なのは、レッドコンプレックスの前段階として「オレンジコンプレックス」と呼ばれる菌のグループが環境を整えることです。
歯周病は段階的に進行します。健康な状態から始まり、初期の比較的おとなしい菌が増え、次第にオレンジコンプレックスが優勢になり、重度になるとレッドコンプレックスが主役を占めるようになります。
そしてオレンジの段階でしっかり対処できれば、最も危険なレッドコンプレックスを増やさずに済むのです。
これが「早期発見・早期治療」が大切な理由のひとつです。
口の中の傷口から、菌は全身を旅する
「でも口の中の菌が、なぜ全身に影響するの?」
歯周病が進行すると、歯と歯ぐきのすき間(歯周ポケット)がどんどん深くなっていきます。深くなった歯周ポケットの内側は、炎症を起こした傷口です。
その面積を合計すると——500円玉1枚分に相当すると言われています。
つまり、歯周病が進んだ口の中には、「500円玉サイズの傷口」が存在しているということ。そこから菌や炎症物質が血液の中に侵入し、全身を巡ります。これを「菌血症(きんけつしょう)」といいます。
心臓病・動脈硬化との関係
心筋梗塞などの虚血性心疾患の患者さんの冠動脈から、ジンジバリス菌が検出されたという研究報告があります。菌や炎症物質が動脈の壁に蓄積することで、動脈硬化を進めるとされています。
歯の健康と心臓の健康が、つながっている。そう聞くと驚くかもしれませんが、医学的には決して珍しくない話なのです。
糖尿病との「負のスパイラル」
歯周病と糖尿病は、互いに悪影響を与え合います。
- 歯周病菌や炎症物質が、インスリンの働きを弱め血糖コントロールを乱す
- 糖尿病があると免疫力が下がり、歯周病がさらに悪化する
この「負のスパイラル」は、片方を治療するだけでは抜け出せません。逆に言えば、どんなに頑張ってもなかなか治らなかった糖尿病が、歯周病の治療をすることで改善が見られた事例もあります。
糖尿病専門医だった中西亨先生は、ご自身が糖尿病の専門医であるにもかかわらず、長年糖尿病に悩まされていました。 それが、歯科医院で歯周病の治療をしたところ、なんと歯周病が治ってしまったのです。それ以来、中西先生は 自分は生まれ変わったら歯科衛生士になりたいとまでおっしゃって、歯周病の治療がどんなに糖尿病治療に大切かを全国各地で講演されています。
認知症との関係——最新研究が示すこと
最近、特に注目されているのが歯周病と認知症(アルツハイマー型)の関係です。
台湾の大規模調査では、慢性的な歯周病がある方はそうでない方に比べて、アルツハイマー病の発症リスクが約1.7倍だったと報告されています。
さらに日本の研究でも驚く発見が続いています。
九州大学の研究では、ジンジバリス菌の感染が全身を通じて、アルツハイマーの原因のひとつとされる「アミロイドβ(老人斑の成分)」を脳内に増やすことが、動物実験で確認されました。
日本大学の研究では、歯周ポケットの中にたまる「酪酸」という物質がアルツハイマーの発症リスクと関係している可能性が示され、しかも歯周病の人の酪酸量は健康な人の10〜20倍にのぼるとのことです。
「歯磨きが認知症予防になる」——そう言われると少し大げさに聞こえるかもしれませんが、その背景にはこうした研究の積み重ねがあります。
あなたも思い当たりませんか? よくある誤解5つ
「でも、私は歯が痛くないし……」「そこまで気にしなくても大丈夫でしょ」
そう感じた方、少し立ち止まって読んでみてください。
誤解1「痛みがないから大丈夫」
→ 歯周病は、痛みが出にくい病気です。 初期から中等度の段階はほぼ無症状のまま進行します。「最近、歯みがきのときに血が出るな」と気づいたとき、すでに炎症は始まっています。痛みが出るころには、かなり進行しているサインかもしれません。
誤解2「歯磨きをしっかりすれば治る」
→ 歯磨きで取り除けるのは、歯垢の約60%と言われています。 磨き残しは2日もすると歯石に変わり、自分では取り除けなくなります。定期的に歯科医院でスケーリング(歯石除去)を行うことが必須です。
誤解3「一度治療したら終わり」
→ 歯周病は「完治」より「管理」の病気です。 治療後も菌はゼロにはなりません。定期的なメンテナンスを続けることで「再び悪化させない」ことが大切です。
誤解4「歯周病は高齢者の病気」
→ 令和4年の調査では、15歳以上の約半数(47.9%)が歯周病にかかっているとされています(厚生労働省)。 30〜40代から急増しており、「歯周病はお年寄りの病気」というイメージはもう古いのです。
誤解5「遺伝だからしょうがない」
→ 遺伝的なリスクは確かにあります。でも、日々のケアで大きく変えられます。 喫煙・ストレス・血糖コントロールなど生活習慣の見直しが、歯周病のリスクを下げることが分かっています。
今日からできる予防を、一緒に確認しましょう
怖い話ばかりになってしまいましたが、安心してください。歯周病は、正しく向き合えば予防・管理できる病気です。
毎日のホームケア
- 歯と歯ぐきの境目を意識して磨く — 毛先を境目に当て、小刻みに動かすのがポイントです
- 歯間ブラシやデンタルフロスを使う — 歯ブラシだけでは届かない歯と歯の間の汚れを取り除きます
- ワンタフト歯ブラシを使うー歯ブラシでも歯間ブラシでも当たらないところがあります。これは100点歯磨きの決め手です。
- 洗口液(マウスウォッシュ)は「プラス」として使う — ブラッシングの代わりにはなりませんが、補助として有効な場合もあります。当院では8020マウスウォッシュをお勧めしてます
歯科医院でのプロフェッショナルケア
- スケーリング(歯石除去) — 自分では取れない歯石を専門器具で取り除きます。3〜6か月に1回が目安です
- 歯周ポケットの奥まで清掃(SRP) — 進行した場合は、より深い部分のクリーニングも必要です
生活習慣の見直し
- 禁煙 — 喫煙者は歯周病リスクが2〜8倍になると言われています。治りも遅くなります
- 血糖コントロール — 糖尿病のある方は、より丁寧な歯周管理が必要です
- 睡眠・ストレス管理 — 免疫力の低下は歯ぐきの抵抗力も弱めます
妊娠中の方へ
妊娠中はホルモンの関係で、歯肉が腫れやすくなります。ということは歯周病にもなりやすい!また、歯周病が早産や低体重児出産のリスクと関係している可能性が指妊娠前・妊娠中の歯科受診がとても大切です。妊婦健診と合わせて、ぜひ歯科検診も受けてみてください。
最後に
「口の中の菌が脳に届く」なんて、少し前まで信じられない話でした。でも今は、口と全身のつながりを示す研究が次々と発表されています。
歯周病は「歯だけの話」ではない——そう知ったとき、毎日の歯磨きや定期検診の意味が変わってくるのではないでしょうか。
「怖かったけど、知ってよかった」と思ってもらえたなら、それが一番の予防の第一歩です。
かみふさ歯科診療所では、歯周病の検査・治療・定期メンテナンスを丁寧に行っています。「久しぶりに歯科に行こうかな」と感じた方は、ぜひお気軽にご相談ください。気になることは、何でも聞いてくださいね。
参考情報
- 日本歯周病学会
- 国立長寿医療研究センター
- 九州大学 研究成果(歯周病菌と脳老人斑)
- 日本大学 落合邦康特任教授ら(歯周病と酪酸・アルツハイマー)
- 厚生労働省「歯科疾患実態調査 令和4年」
- 厚生労働省 e-ヘルスネット